「うわ、なにアンタまだ生きてたの」
「おいおい、それが戦場から帰ってきた幼馴染に返す言葉かよ」

少し休憩をしようと茶を淹れて戻ってきたら部屋の真ん中に見覚えのある男がいた。
オッサンスタイルでダルそうに寝そべっている。あまり広くないのだからやめてもらいたい。
は脇腹を踏みつけて見下ろす。男は慣れているようで抗議もせずにウィンクしてきた。
雑賀孫市。傭兵集団雑賀衆の頭領であったが数年前に出奔。相も変わらず傭兵を続けている。
も幼馴染である孫市が雑賀衆を去った後は同じように出奔したが今も似たような仕事をしていた。
互いに違う傭兵集団として活動しているため、こうして会うのは随分と久しぶりである。
は久々の再会を舌打ちで歓迎した。不燃ゴミを見つめるような目で孫市を見ている。
戦場で女と見るや誰彼構わず口説きにかかる阿呆がいるという情報はいつでもの耳に入ってくる。
心配など欠片もしていない。むしろやられて帰ってきて笑い話でも提供していただきたいものだ。

「すごい邪魔なんですけど」
・・・・それ以外にもっと言うことあるだろ?」
「はァ?」
「おかえりとかさあ。俺、そういう優しい言葉を待ってるんだけど」
「イケメンというポジションどころかタラシというポジションまで新参者の立花夫に奪われてどの面下げて帰ってきたんだろうねおかえり!」
「おいい!優しさの欠片もねえよ!どんだけ俺のこと嫌いなんだよ!」
「火縄用の火薬を全部小麦粉に変えてから笑顔で戦場に送り出してやりたいくらい好き」
「それ好きじゃないから!遠回しに死んでこいって言ってんのか?死んでこいって言ってんのか?」
「死んでこいっていうか、死んだ後でアイツ小麦粉で鉄砲撃とうとしてんだぜ!って末代まで笑われろ的な」
「より嫌だわ!もういいよ・・・・おまえに優しい言葉を期待した俺が馬鹿だったぜ」

浴びせかけられる暴言にしょげた孫市がに背を向ける。ここまで言われても出て行く気はないらしい。
すると孫市の脇腹をぐりぐりと嬲っていたがそれをやめ、持っていた盆を机に置いてから傍へ座り込んだ。
視線を感じて孫市がちらりと振り返れば随分と思いつめた顔をしている。睫毛が儚げに揺れていた。
普段は見ない幼馴染の顔に不覚にもドキリとして、孫市は体を起こし肩を抱き寄せる。

・・・・どうした?」
「ごめん孫市・・・」
「お、なに?やっぱり逢えて嬉しいわってか?」
「アンタはイケメンじゃなくてイケメン(笑)だった・・・・」

ですよねー。
どこからかそんな言葉が聞こえた気がする。
この展開はわかっていたはず。わかっていたはずなのに少し期待してしまった自分が情けない。

「どこまで失礼だこの野郎!俺のときめきを返せ!」
「んなもんいらんわ気持ち悪い。のし付けた上に可愛くラッピングして孫市さんへってハートマークのメッセージカード付けて返品してやるよ。なんなら手作りチョコも付けてやる」
「そんな心遣いいるか!それになんだそのイケメン(笑)って!」
「長政さんのように母性本能を擽ることもできず宗茂さんのような爽やかさを醸し出すこともできない可哀想な自称女タラシにはぴったりな呼び名だと思うけどね」
「あの二人を比較対象に出すな!あと自称女タラシってどういうことだ!俺はモテるんだぞ!」
「嘘付け。いつも勝手に言い寄ってボコボコにされて喜んでるだけだろこの変態」
「ぐ・・・!あ、あれはたまたま気が強い女性が多かっただけで・・・・・」
「挙句、他所様の若いっていうか幼い娘さんにも手出したんだって?マゾの上にロリコンとか可哀想すぎる」
「ち、違うっ!あいつは断じて違う!あいつはただのダチだ!」
「その子のお父上はそうは思ってないみたいだけど。ウチに何度か抹殺依頼もきてたしね」
「マジかよ!?ま、まさかその依頼・・・・」
「安心して。断っといた」
・・・・!」
「自分の手で殺った方がスッキリしますよ!ってアドバイスしたらそうですね!っていい顔して帰ってったから」
「アイツはシャレにならねえからやめろォオオォオォオオォォオオ!!!!」
「よかったね!綺麗なお姉さんは無理でも綺麗なお兄さんの手にかかれるよ!」
「いくら綺麗でも男なんて嫌に決まってんだろ!ていうか女でも殺されたくはねえよ!」

は汚いと言いたげに孫市の手を振り払った。目線の冷たさは最早産業廃棄物を見るレベルである。
先程の胸が締め付けられるような表情は幻だったのだろうか。そうだとしたら自分は優しさに飢えすぎである。
それにしても酷い。の口が悪いのは昔からだがしばらく会わない間に磨きがかかったような気がする。
慣れている自分だからいいがこれがもし幸村だったら真田紐で首吊りレベルだろう。死地へようこそなんていってる場合じゃない。
そこまで考えてこの暴言に慣れているということは立派な調教なような気がしたが気のせいだと思いたい。誰か気のせいだと言ってくれ。
孫市は長い長い溜め息を吐いた。はそんな孫市に背を向け煙管を取り出し煙草を喫い始める。

とは幼い頃からつるんでいた。こうして冗談(と思いたいこと)も言い合える数少ない相手だ。
男勝りで無愛想で女っ気もほとんどない。けれども戦場に立てば共に背を預け、寂しいときは憎まれ口を叩きながらも傍にいてくれる。
いつか自分が死に掛けたとき、拾って面倒を見てくれたのはだった。元気になった途端に追い出されはしたけれど。
孫市はに惚れている。だから戦が終わると顔を見たくなってこうして会いに来るのだ。
本当に嫌だったら見張りでもたてて追い返すだろう。それをしないということは期待をしたっていいはず。

「・・・・・なあ、
「まだいたんだ」
「俺さ、優しさに飢えてるんだよ」
「お金なら貸したげるから女でも買ってくれば」
「愛してるって言ってくれよ」
「ハッ」
「可愛くない笑い方すんな」
「私の愛はアンタのみたいに軽くないから」
「俺は軽くなんか」
ーおるかー?」

色気がありそうでない会話をしているとすっと襖が開いた。顔を出したのは二人の共通の友人である秀吉だ。
秀吉は孫市を見つけるなりにかっと笑って再会を喜ぶ。

「おお!孫市、久しぶりじゃのう!元気にしとったか?」
「・・・秀吉ぃ・・・・」

嗚呼、自分が求めていた優しさが今ここに。
孫市は思わず涙を零して抱きつきそうになったが相手は秀吉である。そんなむさ苦しい映像を望む者など誰もいない。
この台詞をから聞きたい。小さな小さなその願いは所詮叶わぬ夢なのであろうか。
もう一度溜め息を吐いた孫市に秀吉は首を傾げた。

「やあ秀吉、よく来たね」

煙草の煙を孫市に吹きつけながらが笑う。孫市以外には至って温厚だ。
は幼馴染という関係だからこそああしてコミニケーションの一環として暴言を吐ている。
いわば幼馴染だけに許された特権でありレベルの高い愛情表現。が心を許しているのは自分だけだという証拠。
そう孫市は思っている(思いたい)のだが。
自分にはにこりともしないくせに自分以外の、しかも男にこうも素直に優しい言葉を吐き笑いかけるのを見せ付けられるとダメージも大きい。

「今日は何しに?」
「ん、ええ酒が手に入ったんでな。どうじゃ一緒に」
「秀吉マジ愛してる!」
「ちょっと待てぇえぇえぇえええ!!!」

酒の話が出た瞬間には秀吉に抱きついていた。しかも愛してるのオプション付き。
ついさっきまで軽くないとか言ってたのはどこのどいつだ。目の前の光景に孫市は思わず叫ぶ。

「ちょ、なにその展開!意味わかんねえ!」
「愛してるって言いたいから言っただけですがなんか問題でも」
「大アリだろ!私の愛は軽くないとか言ってたくせに!」
「ハハハハハ、普通にナシじゃろ」
「残念、フラれた」
「しかも秀吉がつれないとか意味不明なんですけどォオォオオ!!」
「ワシ煙草喫う女は守備範囲外じゃから」
「この贅沢者がァ!!!」
「それにはダチだし、なー」
「ねー」
「くっ・・・・・、おまえ、わかってやってるだろ・・・・・」
「なんのことだか。それより秀吉と酒飲むからさっさと帰れ」

秀吉と自分に向けられる視線の温度差がつらい。視界が曇ってきたのは結露という名の涙である。
なんでこんな女を好きになってしまったんだろう。昔の自分は異常だったとしか思えない。

「・・・・もう寝る」
「帰れっつってんだろ万年発情男」
「・・・愛してるって言ってくれたら帰る」
「愛してる」
「そこは即答かよ!」

は孫市のリクエストに秒速で答えるや否やさっさと行ってしまった。
秀吉は孫市のことを気にしていたようだが戻ってきたが手を引いて連れ出してしまう。
残された孫市の体力ゲージはもう真っ赤である。今なら矢一本で死ねる。
寂しい。いざ愛していると言われた瞬間ちょっとでも嬉しくなってしまった自分が情けない。
独り残された部屋にはの吐いた煙草の煙が漂っている。段々と沈んでくる白が抱きしめてくれるようだった。

「・・・・・チクショウ」

誰が帰ってやるものか。この寂しさに任せて他の女など抱くものか。
明日朝起きて今日のことを思い出せばを嫌いになれるかもしれない。他の女に走るのはそれからだ。
絶対嫌いになってやる。あそこまで言われた挙句にこんな扱いを受けてまで想ってやるほど俺は健気じゃない。
優しい女を愛して、愛されて、幸せだって見せ付けてやる。そうすればだって今までの行いを少しは後悔するはずだ。
後悔して俺がどんなにイイ男だったか気付けばいい。今度は俺が主導権を握る番だ。
そう決意して、孫市は丸くなって目を閉じた。










翌朝。
小鳥の声で目を覚ます。
眠るときは何も被らずにいたというのに、いつのまにか毛布に包まれていた。
辺りを見回すと部屋の隅の方でが眠っている。布団は一枚。少し寒そうだ。

「・・・・・・・・・チクショウ」

孫市は昨日と同じ台詞を吐いた。
を嫌いになることは、今日も出来そうにない。