からっとした晴天。昼下がり。だだっ広い荒野で、組手をしている二人組。
 一人は女。黒髪でポニーテール、痩せてはいるがアスリートを思わせる筋肉質な身体つき。ランニングシャツとハーフパンツという動きやすそうな服装で、彼女が蹴りを繰り出すたびにポニーテールが揺れる。ごくごく一般的な地球人の女だ。
 もう一人の男はというと、見上げるほどの長身で鍛えぬかれたがっしりとした体格。真っ白なターバンとマントに紫色の胴衣といった個性的な出で立ちであるが、それよりももっと特異なのは彼の肌の色が鮮やかな緑色だということであろう。
 先程から女が休む暇もなく繰り出す鋭い攻撃を、緑色の男はするすると最小限の動きで躱している。女の方は汗だくで息も絶え絶えなのに比べて、男は汗ひとつかかず退屈そうに腕を組んだままだ。男は相当の実力者なのであろう。

「ピッコロさーん、さーん」

 不意に頭上から声がして、二人の動きが止まる。見上げると、黒髪の地球人らしき男がこちらに向かって空を飛んでいた。不思議なことに、彼は背中にジェットパックを背負っているわけでもなく、ハングライダーに乗っているわけでもなく、鳥が空をとぶことが当たり前であるのと同じように、その身一つで空を自在に飛んでいるのだ。常識的に考えればありえないことだが二人にとっては見慣れた光景らしく、彼らは特に驚きもせず男が近くに降り立つのを待っていた。

「どうですか、調子は」
「調子もクソも、この人当たってすらくれないんですけど」
「フン、当てられん貴様が悪い」
「ハハハ…ピッコロさん、厳しいですからね。あ、これどうぞ」
「悪いね、悟飯」

 黒髪の男、悟飯が差し出したタオルと水の入ったペットボトルを受け取り、と呼ばれた女はその場に座り込んだ。汗を拭って勢い良く水を口に含む。冷えた水分が喉を通り、火照った体が心地よく冷えていく。ピッコロと呼ばれた全身緑色の男もそれを横目に見ながらちびちびと水を飲んでいた。

 は悟飯と同じオレンジスターハイスクールの生徒である。歳は悟飯より一つ上。幼少期から強さに憧れ、空手や柔道、キックボクシングなど様々な武術をかじっていた。格闘家としての腕は地球人としてはかなりのもので、悟飯のガールフレンドであるビーデルのスパーリングの相手をしていたこともある。
 ある日、学校に遅刻しかけた悟飯が空を飛んでいるところを偶然見かけてから、周りには黙っているから自分にも教えてくれと悟飯に連日頼み込みに来るようになった。元々センスがあったのか、すぐに舞空術をマスターしたが、自分よりも遥か上の存在を知ってしまった彼女の好奇心は収まるはずもなく。頻繁に組手に付き合うようになってからビーデルに浮気を疑われはじめた悟飯は、彼女に自分の師であるピッコロを紹介したのであった。
 ちなみに、彼女があの亀仙人の曾孫だということが判明したのは知り合ってから随分と経ってからのことである。亀仙人も若い頃はブイブイ言わせていたというが、自分に曾孫がいることさえ知らなかったとは。伊達に三百年も生きてはいないということか。

「ていうか、大人げないですよ!シャカシャカシャカシャカ避けて…こっちのモチベーションとか考えて欲しい」
「知るか。貴様の動きが読みやすすぎるのが悪い」
「普通の人間なら殺せる速度でパンチ出してるつもりなんですけどね」
「ハ、あの程度。俺は殺せんな」
「そりゃアンタは普通の人間じゃないもん。グリーンピース星人でしょ」
「その口ぶり、まだしごきが足りんようだったな」
「足りてます。足りすぎて困ってます」

 踏みつけようとしたピッコロの足を避け、がごろごろと地面を転がる。手頃な石をピッコロの顔めがけて投擲したが、ピッコロは首を少しだけ傾けて平然と躱してみせた。お返しだとピッコロが放った小さな気弾から、がヒャアヒャア喚いて逃げまわる。そんな二人のやりとりを悟飯はにこにこしながら眺めていた。
 は普通の女の子よりも少々勝ち気で口は随分悪いが、根は優しく、正義感があり、私利私欲や悪事に使うために力を求めているわけではない。彼女が見た目だけで人を判断するような人間ではないことを悟飯は知っていた。だからこそピッコロを紹介しても大丈夫だと判断したのだ。
 ピッコロはあまり他人に心を開かない。特に相手が一般人であれば、よほどの理由がなければ姿を現すことすら稀である。それに加え最近は少し丸くなったものの、世界を恐怖に陥れたピッコロ大魔王の子として生まれたピッコロは、誰に対しても口調も態度も冷たいままだ。けれど彼が人一倍優しく面倒見がいいことを、悟飯は誰よりも知っていた。
 は悟飯の師匠だからと快く、ピッコロは悟飯が連れてきたからと渋々了承してくれた。はじめのうちはどうなることかと心配していたが、こうして見ると二人は中々、いいコンビである。

「いやあ、ピッコロさん楽しそうだなぁ。僕、嬉しいです」
「暢気なこと言ってないで助けてくんない!?」

 うんうんと頷く悟飯の背中にが叫ぶ。その直後爆発音が響いて土煙が舞った。横に降り立ったピッコロが満足気に鼻を鳴らすのを見て、悟飯はまた、にこにこと笑うのであった。