孫市の心はそれはもう弾んでいた。
理由は愛しい人からの手紙。
普段は矢文が確実に人体の急所を目掛けて飛んできたり、また戦場で女口説いただろ苦情が来るのはこっちだ吊るされろとかいう内容だったりするのだが、今回は違う。
様からでございます、と恭しく手紙を渡しにきた使いの者。手触りの良い上質な紙にはただ一言。
逢いたい。
なんといじらしいのだろう。想い人からこんな文をもらって嬉しくない人間がこの世にいようか。
もやっと俺が恋しくなったか。いつものつれない態度も愛情の裏返しなのだと思えば微笑ましく思えてきた。これがかの有名なデレ期ってやつなんだろう。
寂しいなら一緒に暮らすなんていうのもありだよな。いや、もういっそこのまま俺の妻にならないか、なんてのはどうだ。
頬を染めながら頷く。抱きしめて愛を囁いて、そのまま閨で甘い一時・・・・普通にアリだ。
しかし俺が妻を娶るなんて世の女性たちは許してくれるだろうか。ああ、俺は女性の悲しむ顔など望んではいないのに。
幸せそうに目尻を下げ、これまた幸せそうな妄想をしながら、孫市はのもとへ急ぐ。
いつもは勝手に塀を乗り越えて入っているが今日は違った。堂々と屋敷の入り口から入り、侍女に案内されてのところへ通される。
「様、孫市様がお見えになられました」
「・・・・・ああ、ありがとう。おまえは下がっていいよ」
「はい」
「孫市、入ってくれ」
襖の向こうから聞こえる声。心なしか優しい温もりがこもっているように感じた。
入ってくれ。そんなことは言われたことがない。いつもは開口一番帰れだ。まあ、勝手に入る自分も悪いのだが。
というかナンパ男や隠れマゾなどの悪口以外で呼ばれることすら久々である。孫市。自分の名前とはこんなにも良い響きをするものなのか。
「愛しの孫市、只今参上!ってかァ?」
早くを抱きしめたい。孫市は襖に手をかけ、勢い良く開けた。
愛しい愛しい。こちらを見てにこりと笑う。
けれどもそんな穏やかな笑顔よりも圧倒的な存在感を漂わせているものがあった。
が右手に持っている鉄の塊。人を歓迎するには似つかわしくない見覚えのある形状。
それは、銃ではないのか。
予想していたものとかけ離れすぎた光景に孫市の頭がついていけなくなっているとパァンと破裂音。
嗅ぎ慣れた火薬の匂いと同時に高速で発射された物体が頬を掠めた。
「外したか」
「ちょっ・・・・笑えねえええええええええええええええ!!!!」
銃口からあがる煙を吹きながらが舌打ちをする。数秒前の笑顔が幻覚かと思うような冷たい目付き。
孫市は頬から血を流しながら叫んだ。抱きしめようとしていた相手に撃ち殺されるなんて意味が分からない。
「!なんだよこれ!どういうことだよ!」
「だって節分だし。豆まきだよ豆まき」
「どこが豆まきだ!豆なんてどこにもねえよ!!」
「豆鉄砲って言うよね」
「言うけど!」
「普通にアリかなと思って」
「実弾撃ち込む豆まきなんて普通にナシだ!ちょっと考えたらわかるだろ!」
「考えたけどなんでもいいから理由をつけて新しい銃を撃ちたかった。カッとしてやった。後悔はしていない」
「犯罪者のテンプレみたいな発言やめろ!」
塀の銃痕に孫市が青褪めてもはけろりとしている。優しい呼びかけや名前を呼んだりといったものは発砲前のサービスだったようだ。いわば釣りの餌である。いともたやすくひっかかってしまった自分が悲しい。
が手にしている銃はどうやら政宗が贈ってきたものらしい。よくみれば政宗の持っている物と装飾が似ている。ちゃっかり龍が彫ってあるのが見えた。
そういえば以前昔の仕事仲間だと紹介したときに意気投合していたような。弟ができたみたいで可愛いとかなんとか言ってたっけ。政宗も政宗で、普段は可愛いなんて言われたら怒るくせに素直に笑っていたのを思い出す。色気づきやがって。
「ていうか手紙の逢いたいっていうのは・・・・」
「逢いたかった。試し撃ち的な意味で」
「ちゃんと最後まで書いてくれたら来なかったのに!」
「撃ちたいとどっちにするかすっごい迷ったんだけどね」
「クソッ・・・・俺が馬鹿だった・・・・・」
「ということではい、鬼は外ー」
「ぎゃあああああああああああ!!!」
「福は内ー」
パンパンと小気味良い銃声が響く。なんと血生臭い豆まきなのだろう。
しかし先程からこんなにも銃声がしているというのに誰一人駆けつけてこない。どういうことなんだ。この家の者はこうなることがわかっていたのか。だとしたらあの侍女も相当酷い。
「こんな節分は嫌だああああああああああああああ!!!!」
足元に打ち込まれる弾を必死に避けながら、鬼は外なんていうのならの中の鬼を追い出してほしいと孫市は切実に思った。